しごと紹介
1. 播州織の変遷とともに歴史を重ねて
200余年の長きにわたり、北播磨地方を支え続ける地場産業「播州織」。海外市場への躍進を経て国内の市場開拓へ。さらに近年は、生地づくりからオリジナル商品開発へと、時代の流れに産業の形を合わせながら歴史を刻み続けている。
そんな播州織に携わること、およそ70年。変遷に息を合わせるように、企業としての中身も柔軟に変化を重ねながら、地場産業ともに歴史を刻んできた足立織物株式会社。
「時代の流れに乗り、変わっていくことも企業には大切なこと。今の市場がどんなものを求め、どう受け入れるのか。その時その時の変化を、我々も受け入れていかないと企業活動は続いていきません。売れている『今』だけを見て、同じことを繰り返していてはダメなんです。事業の中身を変えながら、企業としての歴史を積み重ねることも大切です」
足立利信社長が、穏やかに話し始めた。
2. 事業を支える真空圧縮の高度な特許技術
1950年、播州織のシャツ地やハンカチーフの織物工場として産声を上げた足立織物株式会社。ギフトや百貨店向けの高級ハンカチーフ製造を中心に展開してきた。その後、タオル製品の需要拡大に合わせ、各種タオル製造へ事業を拡大。日本をはじめ、中国、ベトナムなどの産地で製造した製品を、ニーズに合わせたギフト商品として販売している。
「お客様にヒントをいただくことから、私たちの新製品開発はスタートします。お客様の要望と私たちの技術をうまくかみ合わせながら、今の製品ができているんです」と足立社長が語る通り、足立織物株式会社には様々な要望が持ち込まれる。
例えば、今では事業の柱になっている「真空パッキング」。「お葬式に欠かせない香典返し用のタオルギフト。持ち帰る時に、荷物にならないようコンパクトに梱包できないか」という顧客ニーズに応えたことがきっかけだった。
「タオルのギフトボックスは大きいでしょう? 見栄えより実用性を重視した小さい箱に収めたい、もっとコンパクトにしたいと考えるうちに生まれました」
実はこの真空圧縮パックには、高度な技術が数多く隠されている。
「ギフトですから、まず見た目に美しくなければなりません。決まったサイズの箱にきちんと収まるよう、形も均一でなくては」と足立社長が語るように、真空といってもただ空気を抜くだけではない。表面が波打たずフラットに仕上がること。エッジを立たせ、仕上がりの高さや幅がすべてのパックで均一であること。
そんな見た目の美しさに加え、パックを開けた瞬間から元の形状に戻り、柔らかいままのタオルがすぐ使えること。品質を保持したまま長期間保存がきくことといった、実用面でも機能性を発揮。その結果、2000年に実用新案登録を、2011年には「タオルをコンパクトにしわを寄せず美しく包装する」特許技術を取得した。
さらにこの技術から、足立織物株式会社にとって大きな転機となる事業が生まれることになる。
3. 非常用圧縮毛布で2013年グッドデザイン賞を受賞!
2011年3月11日、東日本大震災が発生。首都圏では最低気温2.9℃の中、515万人が帰宅困難に陥った(内閣府推計)。電車が止まり帰宅できなかった東京の取引先から、後日ある提案が足立社長の元へ届く。
「事務所が寒くて仕方がなく、毛布があればと思った。足立織物さんの真空技術を、毛布にも活かせないか?」というものだった。
一人に一枚、場所を取らず事務所や避難場所に置ける非常用毛布を! そんな思いから、非常用圧縮毛布の開発がスタートした。
大きさは、事務所の本棚や机の中に置けるよう、コンパクトなA4サイズ。救助サインとしても目立つよう、色はオレンジに。素材にもこだわり、上質で暖かく心休まる肌触りのものを。オリジナルの圧縮機械は、メーカーと共に数値の計測をしながら改良を繰り返し、ようやく思い通りの圧縮に成功。200×120センチの毛布を、7分の1の大きさにまで小さくすることができるようになった。
「机やリュックにしまえる非常用毛布」「備蓄面積が7割減らせる災害毛布」として話題になり、その結果2013年には「グッドデザイン賞2013 BEST100 ものづくりデザイン賞」特別賞を受賞したのだ。
そんな画期的な製品開発を陰で支え続けるもの。それは、女性従業員の存在だった。
4. 女性の力を引き立て活かし、次代の企業に
「タオルや毛布を折り畳む作業も検品も、すべて人の目と手で行います。女性従業員のしなやかで丁寧な仕事ぶりは、弊社の大きな戦力です」と話す足立社長。女性が働きやすい職場――。それこそが、足立社長が目指す理想の企業の在り方だ。
「弊社では現在、それぞれが働ける時間に無理なく出社していただき、仕事をしていただいています。女性ならではの細やかさ、ひたむきさや集中力を発揮していただくためには、会社側も協力が必要です。子どもとともに仕事ができる職場での場所づくりなど、社内・社外の人みんなが理解し合える取り組みを考えたい。これからの時代、女性の労働力がもっともっと必要になります。子育てと仕事の両立ができる環境を形にし、弊社の強みにしていきたいと思っています」
そしてもう一つ、足立社長が目指す企業像とは――。
「ノウハウを、従業員全員が身に着けること。『みんなで支え合い、みんなでつくる一つの商品』という意識を共有することです。それこそが信頼される企業づくりにつながると、私は信じています」
経営者紹介
代表取締役 足立利信さん
広報・営業 足立美由希さん
1. 数々の転機を乗り越え、創業70年へ
播州織の小さな織物工場としてスタートした足立織物も、もうすぐ創業70年です。
私が家業に就いたのは22歳の時。その頃から下請けとしての受注生産ではなく、自社で糸から購入して生地を製織し、ハンカチ製品にして出荷するというスタイルをずっと続けてきました。全国に問屋があったため、今求められている色や形など、お客様の意見が聞きやすかったことも手伝い、徐々に現在の事業の基礎ができあがっていきました。1985年には2代目社長として家業を承継。36歳の時でした。
2001年頃から輸入製品が入ってくることで市場の値崩れが顕著になり、播州織を使ったギフトハンカチのニーズが、だんだん減ってくるようになりました。その後、市場の需要に合わせタオルギフトを事業化。生産地を海外に求めるなど新たな取組みを続けながら、震災後は非常用毛布の防災市場へも参入することになりました。
産地の歴史、企業の歴史に寄りかかり、同じことを続けるのもいいんですが、時代の変遷に合わせた変化も大切です。そういう意味でも、2013年から販売を開始した非常用圧縮毛布の開発は、大きな転機でした。この製品が生まれるまでは、実はもう会社をたたもうかと思っていたんです。
2. 非常用圧縮毛布がくれた自信と財産
毛布ができあがったとき、これは求められる製品だとみんなが思いました。どうにかして世の中へ出していかなくてはという、がむしゃらさしか当時はなかったです。どうしたら販路を拡大できるのか試行錯誤を続ける中、展示会で多くの人に見てもらうことの必要性を実感し、コンパクト性と毛布の柔らかさを繰り返し訴求しました。
右も左もわからない分野で、これまでと全く違うお客様層を相手にした手探りの営業活動の中、プレスリリースの書き方やお客様への提案方法など、多可町商工会からアドバイスをいただき挑戦を続けることができました。
そんな中でのグッドデザイン賞受賞はうれしかったですね! やり遂げた自信とお客様からの信頼、大きな財産ができました。販路開拓に苦労しながら「この商品は絶対いい!」と信じ、努力してくれた娘たちのためにも、生産の充実も含めもっと羽ばたいていかなくてはと思っています。
3. モノづくりを軸に真空技術を高めたい
羽ばたくために、これからも真空パック技術を大切にしていきたい。そのための課題は、真空の中に何を入れていくか。私はそこに、中小企業ならではのモノづくりが活かされると思っているんです。弊社独自の真空技術にモノづくりという軸があれば、どんな真空パック製品を開発してもぶれることはありません。我々中小企業は、モノづくりを忘れてはいけない。自分たちの手でモノをつくって発信しなくてはいけません。
そんなモノづくりのひとつとして、播州織を活かしたいんです。我々にできるのは、生産したものをただ売るのではなく、加工というひと工夫を加え提案すること。
その一つが、東京のデザイナーとのコラボレーション製品「Re:ill(リル)」です。織工場に残った糸を集めて生地にし、トートバッグなどの製品にしています。いろいろな方向性を探りながら、デザイナーや織工場と組んでお互いに盛り上げていくのもモノづくりですから。
4. お客様の喜びを、挑戦への意欲に変えて
一つのものに対してお客様のニーズをよく聞き、その要求に応えられるものを信念を持ってつくり続ける。これからも、この経営の基本は変わりません。
「こういうものができないか?」とお客様から要求されることに対し、最初からできないと言ってしまえばおしまいです。お客様からの要求に対して、できる限りのことをやってみる。忠実に答えていくことでお客様に喜ばれ、それが私たちの喜びと、次の挑戦につながっていくんです。
広報・営業 足立美由希さん
1. 「地元に戻って、私が父を手伝う!」
非常用圧縮毛布は、開発を姉の有希が、広報と営業を上司と一緒に私が、それぞれ中心になって取り組んでいます。
まちに憧れ、進学のために出ていた京都から、地元に戻ろうと決めた背景には、いろいろな思いがありました。私にとってこの会社は生活の一部。学校から帰ってくると、事務所で「お帰り」といわれる中で育ってきました。当たり前にあったものがなくなるのは、どうしても違和感があったんです。経営不振という厳しい状況で、事業を辞めることはしてほしくなかった。私が父を手伝おうと思ったんです。
地元に戻り毎日が忙しく、知らないうちに一年が過ぎていました。ふと見ると妙見山に四季が移り、山の顔が変わっていることに気がついたんです。四季に囲まれた生活が我に返らせてくれ、ほっとする瞬間が心の支えになるなんて、まちではわからないことだったと感じました。真っ暗な夜道、鹿との遭遇、きれいな星空……自然豊かな田舎生活を楽しめています。人の穏やかさや温かさに安心できますし、まちにはない地元の良さを感じる日々です。
2. 播州織と共に可能性をカタチにしたい
弊社は織物の会社なので、播州織を守ることは忘れたくありません。今、播州織は大変だといわれていますが、ここを頑張って乗り越えていくことそのものを楽しめたら、おもしろいことがいっぱいできるんじゃないのかと思っています。例えば、弊社の真空パック技術と他社の製品を結び付けるものを発見できれば、面白いなと思うんです。
いままでの常識を飛び越えて発信できるのは、今の時代の良さ。可能性がいっぱいあるということです。「やりたいことをやってしまえ!」って思っています。
後ろは振り返らないと、決めています。今は、前しか見ていませんから。
新たなしごと・取り組み
1. 命を助けるモノづくりに、社会貢献の想いを込めて
「命を助けるモノづくり。そんな仕事に携わることの意義を考えながら、開発に取組んでいました」
真空パッキング技術を活かし、一人一枚、非常用毛布を備えることができないか……。新たなミッションに挑み始めた当時を、足立社長が振り返った。
「災害は起こってほしくない。けれど、もしも役に立つ日が来た時に誰かの命が守れたら、いい仕事ができたと思えるはず。社会貢献に関われることへの喜びでもありました」
そんな思いが現実になったシーンを目の当たりにしたのは、今から数年前の冬のこと。豪雪で幹線道路が通行不能になり、近くの公民館へ一時避難したドライバーたちを映したニュース映像の中だった。テレビ画面に、毛布にくるまった子どもたちの姿が映し出されたのだ。
「うちの毛布だ!」
幼い子どもたちが、見慣れたオレンジ色の毛布に包まれ暖をとっている。
「役に立って良かったと思いながら、ニュースを見ていました。使ってもらっていることが、うれしかったですね」
通常の非常用毛布は、薄手のアルミシートをはじめ、使い慣れない硬い素材が多い。一方、足立織物の非常用圧縮毛布は「柔らかさ」が大きな特徴だ。そこには、開発に携わった人々の想いが込められている。
「大変な時だからこそ、少しでもぬくもりを感じてほしいんです。寒さをしのぐものは、気持ちもホッとさせてくれます。それが普段から使い慣れているものなら、なおさらのこと安心感も自然に生まれるはず。暖をとるという目的を超えて提供できるものが、きっとあるはずだと信じて開発しました」
さらに足立社長は、防災事業に取り組むもう一つの大きな意義を感じていた。
2. 本棚に並ぶオレンジ色の背表紙は、防災意識改革の第一歩
足立織物株式会社で、広報と営業を担当する足立美由希さん。防災製品専門の展示会に出展した際、関西での防災意識の低さに驚いたという。
「東京では『毛布がこんなにコンパクトになるんだ!』という反応だったんですが、関西では『防災用品に毛布が必要なんだ!』という言葉が返ってきました。東京は、2013年に帰宅困難者対策条例が施行されたこともあり、毛布の備蓄が義務化されています。福利厚生面でも社員を守る取り組みとして、地域へのアピールにもなるんです。一方、関西では災害に対する実感がなく、『備える』ことに意識が向けられていないのが現状です」
防災意識を高めたい――。そんな思いに背中を押され、社会への提案としても事業に取組みたいと語る足立社長。
「こうした商品が出てきたことで、防災について考えるきっかけが生まれると思うんです。ふとした瞬間、本棚のオレンジの背表紙が目に入ることで、備蓄の必要性を思い出したり……。少しでも防災への意識改革につながればと願っています。特に非常用毛布に関しては、素材や使い勝手を改良することが、みなさんの意識改革につながると実感しています」
最近では、一度使った毛布の再パッキング、軽さを追求したフリースや難燃性など素材バリエーション、オレンジ以外のカラーの要望など、ニーズが多様化。どんな要望にも応えられるよう、新たな製品開発が継続中だ。
3. 全世界の災害現場に「温かさ」を届けたい!
今後、ますます高まることが予想される非常用圧縮毛布のニーズだが、足立社長はさらに先を見据えている。海外進出だ。
「アメリカのハリケーンやヨーロッパのテロといった海外での災害時に、救助物資としてスペースを取らずより多く日本から運べたら。以前、フランスで起こったテロ事件で使われていたのは、アルミのブランケットでした。災害時に必要なのは、保温力だけではありません。ケガを負った人や被災した人の肩に『温かさ』を掛けてあげたい。日本人の繊細な考え方をもって、海外展開に取組みたいと思っています」
目には見えなくても、大きな力になれることは、まだまだたくさんあると話す足立社長。
「ひとつひとつ失敗を重ねながら、まだまだ発展途上です。完成形にはたどりついていません。もっと多くの人に喜んでいただける、本当に『温かい』もの、究極のカタチを開発し続けていきます」