多可町のヒノキで酒器創り

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1. “仕事百科事典発”のプロジェクトが進行中

いま仕事百科事典の掲載事業所がタッグを組み、ひとつの取り組みが進行しています(2017年5月現在)。その名も『亜麻の舞×酒器プロジェクト』。これは山田錦のお酒「亜麻の舞」を、多可町産ヒノキで製作した酒器にボトリングして販売するという、〝仕事百科事典発〟のプロジェクトです。

「亜麻の舞」を開発したのは、播州織の伝統技術を活かした新事業を展開する門脇保文織布工場。もう一方の酒器づくりに挑んでいるのは、多可町産ヒノキのブランド化を進める太田工務店株式会社

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「地域資源を活用し、まちを盛り上げたい」――そんな門脇保文社長と太田亨社長の思いが一致し、新商品づくりが始まったのです。

2. 『もの・こと・しごとプロジェクト』の第一弾として

『亜麻の舞×酒器プロジェクト』の〝仕掛け装置〟となった仕事百科事典は、多可町の「しごと」を物語のように伝える媒体として、2015年度に立ち上がったホームページです。初年度の取材を通じて、多可町の地域資源を大切に守り、まちを盛り上げるためにそれらの資源を活用していきたいという事業者の熱意の大きさを感じました。

ヒノキ酒器-2多可町には全国に誇る地域資源が豊富にあり、各事業所も地域に根差した魅力的な商品・サービスや高い技術力を有しています。

仕事百科事典の掲載事業所が地域活性化のアイデアや技術、ノウハウなどを持ち寄って、商品やサービスを共同で開発し、新たな「しごと」を生み出すことで、雇用創出や人材定着化につなげられるのではないか――。

そんな考えのもと、仕事百科事典から派生するかたちで『もの・こと・しごとプロジェクト』が2016年度に立ち上がりました。このプロジェクトの第一弾として、門脇保文織布工場と太田工務店のコラボレーションによる新商品開発がスタートしたのです。

3. 亜麻で多可町を活性化したい――◎門脇保文社長の思い

「自社で開発した山田錦のお酒を樽で販売したい」――門脇保文社長のこのひと言がコラボのきっかけでした。

播州織の織布工場を営む門脇社長は2008年、本家の門脇織物株式会社と共同で『ASABANプロジェクト』を立ち上げました。これは播州織の技術を使い、かつて日本の産業だった亜麻織物(リネン)を再生産するというプロジェクトです。

丈夫でしなやか、さらに使えば使うほど柔らかさを増すリネンはその肌触りの良さもさることながら、使い込むほどに光沢感が増す高級素材。

「そんなリネンに魅了された私たちは、原材料となる亜麻(あま)を多可町の田んぼで栽培し、播州織の技を使ってリネンの一貫生産にチャレンジすることにしたのです」(門脇社長)

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2010年、工場前の田んぼに亜麻の種をまき、無農薬・無肥料のオーガニック栽培をスタート。試行錯誤の結果、3年後に亜麻の繊維と種の収穫に成功し、自家栽培の原材料を使ったリネンの商品化に向けて一歩を踏み出しました。

さらに亜麻栽培の副産物として、亜麻の実を使った「亜麻仁ケーキ」も開発(詳しくは「門脇保文織布工場」をご覧ください)。このケーキの製造と販売を本格化させるなか、次なる展開として酒づくりにも挑戦することになりました。

「なぜなら亜麻をオーガニック栽培した耕作田は土壌が改良されることが分かったからです。そこで亜麻を刈り取った田んぼで山田錦の二毛作栽培を行ったところ、酒に雑味を与えるタンパク質が少ない良質の酒米に育ちました。この酒米を使用して、長野県の酒造メーカーと共同で開発したのが純米原酒『亜麻の舞』です」

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「亜麻の舞」は雑味が少ないため、精米歩合を低くしても大吟醸並みの良い香りが立つのが特徴です。門脇社長は、この「亜麻の舞」を高級酒としてブランディングするために、樽で熟成・販売するアイデアを考案。樽の製造を仕事百科事典の掲載事業所に持ちかけたところ、太田工務店が協力してくれることになったのです。

「ブランディングの狙いは多可町の活性化です。『亜麻の舞』が高級酒として広まれば、亜麻の耕作田で育てた山田錦のブランド価値が高まり、結果として卸単価が引き上がる。亜麻の栽培を、最終的にまちおこしにまでつなげたいのです」

4. 多可町産ヒノキで多可町を活性化したい――◎太田亨社長の思い

門脇社長からバトンを受け取った太田亨社長も地域資源を活用し、多可町活性化を目的とした取り組みを進めています。昔ながらの伝統工法の大工仕事を大切にしながら、多可町産ヒノキを活用した家づくり、商品づくりに力を入れているのです。

「多可町の山の約8割を占めるヒノキは淡いピンク色と香りの良さが特徴です。この多可町産ヒノキをブランド化し、木材需要を掘り起こすためはどうすればいいか――森安木材店の森安社長を始め、多可町の林業事業者の方々と話し合いながら活動を本格化させています」

そう説明する太田社長は2016年、自社工場の敷地内に木材の低温乾燥施設を新設しました。

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「山から伐り出した木材は、乾燥の仕方で質が大きく変わります。多可町のヒノキを良い状態で使うために、工務店としては類例の少ない乾燥施設を建てたのです」

乾燥の仕方にはいくつかの方法があるなか、太田社長が導入したのは低温乾燥。「伐採後のヒノキを一定温度で約2週間、寝かせることで建築に適した良質の木材になる」といいます。

施設完成後、太田社長は有限会社森安木材店と共同し、山で伐採した多可町産ヒノキを直接仕入れ、自社乾燥したのち活用する〝地産地消〟のしくみを構築。現在、樹齢100年のヒノキを活用した「多可町ブランドの家づくり」、ヒノキを化粧面として見せる「現代風の家づくり」を進めています。

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「ヒノキの需要が増えると山が元気になり、周辺産業が活気づきます。その結果、多可町の活性化につながっていく。多可町のヒノキをブランド化し、山を中心にまちの好循環サイクルを生み出したいのです。何十年もかかる夢のような計画ですけどね」

門脇社長と太田社長。多可町の未来を考えるふたりの経営者が仕事百科事典を通じて出会い、新たなもの・ことづくりに発展したのです。

5. 多可町産ヒノキを活用した酒器づくりにチャレンジ

「酒を熟成させる樽をつくってほしい」――門脇社長から依頼を受けた太田社長は「ヒノキを活用できるのでは」と考えました。多可町産ヒノキの良さを町内外に発信できるよい機会だからです。

ところが問題がありました。水に強い杉と比べて、ヒノキは水を含むと反り返るなどの特性があります。「お酒を入れるとヒノキが変形し、隙間が生じて漏れる可能性がある。この漏れ対策が最初にして最大の難関ですね」と太田社長は説明します。

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水に強い杉を使えば漏れる可能性を軽減できますが、多可町産ヒノキのブランディングにつながりません。太田社長はあくまでヒノキを前提に試作品づくりを開始。「ただし酒樽は大がかりで独特の技術も必要となることから、手になじむ酒器に変更しました。酒器にお酒を詰めてセット販売するという提案です」

試作品を初めて目にした門脇社長は、その感想を次のように振り返ります。

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「酒器を受け取った瞬間に『これはいける!』と思いましたね。まず手触りがいいし、何より香りの良いヒノキの酒器で『亜麻の舞』を熟成させることで、ワインのような深みのある酒に変化するのではないかという期待感が高まりました」

6. ◎2016年8月に第1回ミーティング

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この試作品をもとに、2016年8月に『もの・こと・しごとプロジェクト』の第1回ミーティングが開かれました。門脇社長と太田社長を中心にデザイナー、ライター、カメラマン、多可町、多可町商工会が参加し、各自の視点で酒器に期待することや課題解決のアイデアなどを出し合いました。

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ミーティングの内容を受けて、太田工務店にて試作品の改良版を製作。主な変更ポイントは形状で、当初の三角形から面を増やし、六角形と十二角形の2種類になりました。

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「理由は持ちやすさと、構造上の利点です。多角形にすると手になじむうえ、量産化を見据えた際につくりやすいからです。理にかなった形状を模索するなかでたどり着きました」

7. ◎2017年2月に第2回ミーティング

試作品の改良版をもとに、2017年2月に2度目のミーティングを開催。新しい形状の確認とともに、漏れ防止のアイデアを出し合いました。その結果、酒器全体をパッキングする、内側を亜麻仁オイルでコーティングする、伝統産業の杉原紙で包む、といった意見が出されました。

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さらに「味」についての話し合いも行われました。そこで試作品の酒器を各自持ち帰り、自宅で日本酒を入れて「味」と「漏れ」の2つの観点で試飲することに。

結果は次のとおりです。

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・ヒノキの香りが鼻を抜けてお酒が美味しくなる
・一方でお酒の香りを楽しみたい人にとってはヒノキの香りが強いかもしれない
・酒器の飲み口がソフトで口当たりがいい
・水を入れて数時間から数日置くと、酒器の上側にシミが生じる
・水を入れて数日以内に漏れが発生し、中身の量が減ってしまった

こうした意見を受けて現在、太田社長と門脇社長が中心となって酒器の完成に向けた試行錯誤が続けられています。

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なお、太田工務店では、この酒器づくりをきっかけに雇用が生まれました。酒樽の製造経験のある若手の職人を採用したのです。酒器完成後の量産化に向けて、その若手職人を酒器製造担当者に据える予定で技術指導が始まっています。

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8. 多可町発祥の「敬老の日」に商品完成の記者発表を予定

ミーティングでは、完成後のプロモーションや販売までを見据えた展開の話し合いも行われました。具体的には、2017年9月18日の「敬老の日」に商品完成の記者発表を行い、同年10月1日の「日本酒の日」に商品の販売開始を予定しています。

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商品の展開方法としては、「①酒器に亜麻の舞を詰めた状態で販売」と「②ヒノキのコップと亜麻の舞のセット販売」の2つの方向で検討しています。「①」を前提にプロジェクトを進めていますが、その実現が難しい場合の受け皿として「②」も検討中です。

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プロジェクトのファーストステップは商品化を実現し、販売実績をつくること。その結果として、亜麻の耕作田を利用した山田錦栽培、酒器製造といった新たな「しごと」の創出につながり、プロジェクトの目的である雇用創出、人材定着化の実現につながるものと考えています。

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9. 亜麻の結完成

多可町の地域資源が結ばれて、新しい商品が完成しました。
その名も『亜麻の結』。
門脇保文織布工場の亜麻栽培プロジェクトから生まれたお酒『亜麻の舞』と、
太田工務店株式会社が手がけた多可町産ヒノキの酒器。
そのふたつの商品を包み、彩りを添えるリネンとサイジングリボン。
掲載事業所の想いとノウハウが詰まった多可町の財産です。

『亜麻の結』が誕生するまで

  • ◎第1回ミーティング

    「自社で開発した山田錦の酒を熟成させる樽をつくってほしい」――すべてはこのひと言から始まった。多可町産ヒノキを活用した酒器をつくることにはなったが、水に弱いヒノキでそれが果たして可能なのか。酒器の試作品をもとに改善策を出し合った。「やってみなければ何も始まらない」。プロジェクトは動き出した。

  • ◎第2回ミーティング

    ミーティングに持ち込まれた試作品の数々。カタチを変え、サイズを変え、理想の酒器を模索していく。「漏れ防止も大事だが、味はどうなのか」。各自が試作品を持ち帰り、感想を共有した。商品開発は一筋縄ではいかない。しかしプロジェクトだからこそ、各自の知恵が活きてくる。共につくり上げる楽しさがそこにはあった。

  • ◎第3回ミーティング

    一年以上の試行錯誤の末、ようやくアイデアがかたちになった。プロジェクトに携わった人たちの想いまでもが結ばれた『亜麻の結』。多可町の事業所が技術を持ち寄り、地域資源を結びつけることで、面白い試みができる。その可能性を見出した今回のプロジェクトの意義は大きい。

「多可町の地域資源を掛け合わせたものづくり。今回のプロジェクトがその先行例になってくれたら(門脇社長)」/「この酒器はプロジェクトの賜物。多可町産ヒノキのブランド化にも活かしていきますよ(太田社長)」

※プロジェクト・ストーリーの詳細はまもなく公開します。

ライター:高橋武男