しごと紹介
1. 播州の地場産業を味で支え続けた、播州ラーメン
ほんのり甘い醤油味のスープと、甘みを引き立てる縮れ麺。西脇市を中心とした播州を代表する食べ物のひとつ「播州ラーメン」。2015年には播州地域にあるコンビニエンスストア230店舗で、西脇多可料飲組合ラーメン部会監修によるチルドタイプの「播州ラーメン」が発売され話題を呼んだ。
そのルーツは、昭和30年代にさかのぼる。
当時の播州地域で隆盛を極めた産業といえば、繊維業・播州織。西日本各地から集団就職でやって来た2万人もの女性たちが、西脇市周辺で製織の仕事についていた。播州ラーメンは、そんな女性工員たちに愛されたご当地ラーメン。スープがほんのり甘いのは、この女性たちの口に合うように作られたものだからだ。その味が半世紀たった今でも、この地に根付いている。
播州地域を支えてきた産業を、味の面で支えてきた播州ラーメンは、まさにこの地のソウルフードと呼んでも過言ではない。
畑やんラーメンは、そんな播州織全盛期の昭和32年、畑 忠夫さんが氷上郡(現在の丹波市氷上町)で屋台としてスタート。その後、現在の多可町中区で店舗を構え、今から21年前に2代目にあたる現在のオーナー畑 純司さんが引き継いだ。
「先代(父)はラーメン一筋。屋台を引っ張って、今の西脇・多可のラーメンの味を守って来た。先代から続くこの味が、播州ラーメンの味のベース。それが畑やんラーメンの強みです」
2. 手間と心がこめられた、野菜が生みだすやさしい甘さ
初めて播州ラーメンを口にする人は、味の感想を「甘い」と表現する。この播州ラーメンの特徴のひとつである甘みは、野菜エキスから生まれる甘さ。鶏ガラをベースに、玉ねぎ、キャベツ、白菜、ニンジン、白ネギなどの野菜と、とびうおや貝柱、干しシイタケ、昆布などを加え出汁をつくる。
「播州地域以外では甘みを出すのに砂糖を使いますが、西脇・多可では砂糖を使わず、化学調味料も使用を極力控えているため、意外なほど後味があっさりしているんです。でも、食べ進むほどコクは感じてもらえます。地産地消のラーメンはクセになる味が売り。甘いスープは播州ラーメンの顔です」
畑やんラーメンの場合は、このスープのベース作りにラードを使う。焼豚を仕込む際、出てくる脂をすくって一晩寝かせ、一度固めたものを溶かしながら使うという手間のかかる作業を行っている。
「醤油の風味や豚のエキスが入っているので、スープがいっそうおいしくなります。背脂はあまりヘルシーじゃないですから」
最後に醤油、独自で配合した調味料、コショウを加えてスープの完成だ。
一方、播州ラーメンに使われる麺は、そのほとんどが縮れ麺。口にした時に麺が絡み合い、スープの甘さを感じやすいからだという。畑やんラーメンでも日頃は中太の縮れ麺を使うが、天候に合わせてゆで時間を調整したり、時にはストレート麺に切り替えることもあるという。
「風の冷たい日、暖かい日、雨の前や雨の日など、天気しだいで5秒・10秒単位でゆで時間を変えるんです。太さや硬さも、お客さんの好みに合わせることもあります」
そんな天気に左右されるのは、麺のゆで具合だけではない。注文が入るラーメンの種類も変わる。
「雨の降る前は、味噌ラーメンがよく出ます。おもしろいですよ」
3. 何世代にも食べ継がれる、店をめざして
そんな畑さんが、店の経営で最も大切にしていること、それは一杯一杯を丁寧にお客様に届けることだ。
「そのお客さんにとって、この注文が生まれて初めて食べるラーメンかもしれない。提供する側は毎日たくさんのラーメンをつくるけれど、その人には人生初の一杯かもしれない。もしそうなら、ここで出すラーメン次第で、その人の今後一生のラーメンに対する感覚が変わってしまうからね」
「もやしが鉢からはみ出していることも、海苔が反り返っていることも、ネギの山が崩れていることも、みんなアウト! それくらいの意識が大切だと思うんです。緊張してラーメンをつくろう、一杯ずつ真面目につくろうと言うんです」
畑さんが大切に思いを込める一杯を、求めてやって来るお客さんの中には、何世代にもわたって食べにくる人も数多い。子どもの頃、家族に連れられて来ていた人が、今自分の子どもを連れて来てくれる。
「おっちゃん、僕のこと知ってる?」
そんな声をかけられ話を聞くと「死んだじいちゃんが、連れて来てくれてた」というお客さんだったりする。
「こんな風に二世代、三世代……と、次の世代へつながるような、人脈のある店づくりがしたい」と畑さん。「高校生の頃、食べに来てたラーメン店」がいつでもそこにあるように、のれんを出せるこの場所を守り続けたいと話す。
そのために西脇多可料飲組合・副理事長として、畑さんが取組んでいることがある。
4. 変わらない味を、次代の若者につなぎたい
そのひとつ目は、西脇多可料飲組合の一員として播州ラーメンの味と名前を広め、コツコツとファンを増やす努力だ。畑さんは「畑やんラーメン」としてではなく「播州ラーメン部会」として、地元・北播磨から神戸元町まで年に10カ所前後のイベントへ参加を続けている。
そしてもうひとつが、播州ラーメン独自の味を引き継ぎ守る後継者を育てること。
「甘さをおもてに出す、播州ラーメン独自の技をわかってもらいたい」と、播州ラーメンでの起業を目指す研修生の育成に力を注ぐ。
「ラーメンづくりは、基本的には見た目が変わらないものです。進歩の度合いが見えない商品なんです」
変化が見えにくい業界だからこそ、大切にしたいもの――伝統の味、もてなす心、変えないことを守り抜く姿勢――それこそが、播州ラーメンを時代につなぐ大きな進歩の形なのかもしれない。
経営者紹介
畑やんラーメン 畑 純司 氏
1. 播州ラーメンは、親父の味
播州ラーメンをつくり続けて35年になります。
昭和32年に、親父が中華そばの屋台を引き出したのが始まりです。練炭で焼き豚をつくってた匂いは、今も覚えてます。
僕が引き継いだのは21年前、42歳の時でした。親父が店を閉めると言い出してね。その頃、僕は長距離トラックの運転手で、休みの日には店で仕込みから手伝ってたんです。お客さんの顔ぶれもわかってるし、じゃあ僕がこの店を継ぐわって言うたんです。親父も、僕の言葉を待ってたんかもしれへんね。
親父が現役でやってた頃は、今ほど甘さを強調してなかった時代でした。僕はスープに特徴を持たせるのに、鶏ガラの分量を増やしたり工夫をして、ちょっと甘みの強いまったりした味に変えました。
「親父の味がよかったのになあ」と、そのまま引き継がなかったことを残念がってくれるお客さんもありましたけど、これは仕方がないことです。2代目が乗り越えるべき苦労ですね。
2. 引き継いだものは、今日おいしい一杯
引き継いでいるものもあるんですよ。
例えば、店舗を改装する時、カウンターの幅や高さ、背もたれのサイズまで、すべて親父の頃と同じにしました。
料理で引き継いでいるのは、年中用意している「おでん」です。親父が昔、大阪の宗右衛門町で見てきて店で出し始めました。「生姜醤油で食べるのは、姫路よりうちが先や」って言ってましたけどね(笑)。
でも、いちばん大切に引き継いでいるのは、ラーメンの基本。親父と同じです。先代の香りも……頑固さとも言いますけど……ラーメンのどこかに残しておいてやらないとおもしろくないしね。
最終的には、今日おいしかったらいいんです。
3. コミュニケーションこそ、ラーメン店の基本
僕は、本当はラーメンをつくるより接客のほうが好きなのかも……とよく思います。
昔、ホテルのバイキング料理を食べに行った時、「畑様! お待ちしておりました。いらっしゃいませ!」って迎えてくれる人があったんです。誰かと思ったら、薄暗い廊下の50メートルも先にいる支配人でした。2~3回しか利用していないのに、こっちの顔も名前もわかってくれてた。うれしくてね。お客さんの顔や名前を覚えていないとあかんと思ったきっかけは、今から思えばこの体験があったからかもしれません。
そんなことがあったからか、僕もお客さんを覚えるのが得意なんです。10年前に一度、店に来てくれたお客さんでも、顔や座った席、頼まれたメニュー、車のナンバーもだいたい覚えてます。高校生が大人になってから来てくれても、面影でわかるんです。
「高校生のころに、一回来てくれたよなあ」って声をかけたら喜んでくれますね。常連のお客さんほど、ラーメンというより店を楽しみに来てくれるので、こういうコミュニケーションも大事にしてます。
だから、せっかく親子でラーメンを食べに来たのに、連れて来た子どもをほったらかしてスマートフォンの画面しか見てない親に注意したり、ラーメンが伸びるのもお構いなしにゲームに夢中になってる高校生を、思わずたしなめたりすることもあります。僕は、食事もコミュニケーションやと思ってますから。
4. 生まれた町で、生まれた味を守り抜く
多可町は生まれ育った場所なので、ずっとここでラーメン店を続けていきたいと思ってます。大事にしたい故郷です。だからこそ、多可町を発信する機会をもっとつくりたいんです。
例えば、うちの「播州ラーメンお持ち帰りパック」。これは多可町に認証されている「多可町特産品」です。地方から来店されたお客さんから「多可町のお土産がない」という声をもらったのがきっかけで、多可町名物のお土産として人気がある商品です。
こういった地元の特産品は他にもたくさんあるので、もっと発信して世間に知らせる場――例えばイベントなんかの機会もつくっていけたらいいですね。ラーメンの実演販売ができたら、お客さんにも喜んでもらえますよね。
神戸や大阪では、播州ラーメンの独特の甘さが受け入れられにくいことはよくわかってます。支店を出しても、撤退して来る店も見てきてます。でも、それが地元の味です。神戸や大阪で、甘い味が受けなくていい。播州ラーメンは、播州の味。地元の味にこだわったら、それでいいんです。それこそが、地元のおいしさやと思ってるんです。
第三者承継
「途絶えさせたくないしなあ。伝統のある播州ラーメンを受け継いで、店名の承継をしてくれる人に出会いたいたかった」
そう語る畑さんのもとでは今、播州ラーメンの後継者が育っている。
「播州の地で、ラーメン店を開きたい!」
そんな思いをもった研修生だ。
現在、西脇多可料飲組合ラーメン部会に所属する播州ラーメンの認定店は、西脇市4店舗と多可町2店舗のわずか6店舗。店主の高齢化も徐々に進み、将来的には後継者不足も心配されている。
そんな中、平成28年より西脇多可料飲組合では、播州ラーメンの後継者育成に向けた取組みをスタートさせた。西脇市内でのラーメン店開業をめざし、西脇市内の店舗で一年間、ラーメンづくりの研修を積むというものだ。
その研修生の一人が、西脇市にある「畑やんラーメン しばざくら店」で修業中なのだ。
「研修では、店を開いた後で気づくことを、いかに先に教えておいてあげられるか。一年で覚えるには、本人も相当な覚悟がいると思います」
30年以上続けている今でも、新しい発見が多いという畑さん。焼飯ひとつとってみても、卵の量を増やすか減らすか。火力が強いか弱いか。このタイミングでいいのか。日々、新鮮に感じることばかりだと笑う。
「何事も『経験』をしないとわからない。『この素材を追加したことで、スープ全部を捨てないといけなくなった』っていうような失敗をしながら覚えていくんです。スープづくりは、火を入れ過ぎてはいけないこと。エキスを取り終え、鍋の底にたまったドロドロの素材が、スープに混ざってしまうとおいしくないこと。理屈じゃわかっていても、やっぱり体験しないと本当にはわかりませんから」
はじめてのラーメンづくりに取組んでいる研修生が、一年後、自分の店を出すのが現在の夢だと話す畑さん。地元・西脇市や多可町に多くの播州ラーメン店ができることをめざしている。
「中には、店を増やすことに難色を示す人もありますけど、店は増やせばいいんです。みんなが努力して、おいしいラーメンをつくればいいだけのことです。店の数が増えれば、地元全体としての取組みや活動ができるし、サポートも受けやすくなります。最初はみんな一軒から始まるんです。店舗の数を増やしていくのは、店側が努力すればいいと思っています」
「でも」と最後に、畑さんが口を開いた。
「店舗の数を増やすこと以上に、大事にしてほしいこと。それは、播州ラーメンの基本だけは曲げないことです。特徴である甘みを出すのに、砂糖は絶対使わないこと。砂糖や化学調味料を使った味は、誰にも受け入れられやすいんですけど、それはだめです。店で出すラーメンは、化学調味料に頼っちゃだめ。野菜から出る甘みが中心のスープ作りは、播州ラーメンの原点。それだけは守って欲しいんです。」
畑さんが後継者に継承したいもの。それは、播州ラーメンの原点とも言うべき、地元の味を守り抜く心でもあるのだ。