Design Office COZY

サービス業

しごと紹介

1. 家族のようなコミュニティ、多可町との出会い

「築100年は経っている家だと思います」
小川のせせらぎだけが響く静けさの中、その家は澄んだ空気にふわっと溶け込み、そこにあるべき景色になっていた。

「国道を車で走っていてすれ違っても誰だかわかる。レジに並んでいると誰かが挨拶してくれる。大きな家族のようなコミュニティは、私にとって心地いいんです」
移住先を探す中、蛍が飛んでいて水がきれいなところという情報に心を惹かれやって来た小椋聡さん、朋子さん夫妻。名前も知らなかった多可町へ来て4年。
「どこに行っても山が見え、守られている感じがしてうれしくなるんです」と朋子さんが微笑んだ。



聡さんは現在、イラストレーションとデザインの事務所「Design Office COZY(デザインオフィス・コージィ)」と、自宅の一角を改装した「古民家ギャラリー&雑貨 kotonoha」を経営。朋子さんはパイプオルガン奏者として、毎週大阪の教会へ演奏に通っている。
さらに、2017年4月からは多可町の委嘱を受けた「多可町定住コンシェルジュ」として、移住定住を希望する人たちの相談窓口の役目を果たすかたわら、多可町内にある古民家等の活用と地域再生に取り組む任意団体「紡 -TSUMUGI-」の代表としても活動を続けている。

2. 様々な経験をデザイナーの仕事に込めて

音楽大学を卒業後、同じ大学で知り合った妻・朋子さんと結婚。27歳まで舞台音楽の作曲など音楽活動を続けた後、民間の動物保護施設で勤務。NPO法人の立ち上げも経験し、31歳で美術展の企画運営会社に就職。2008年に独立を果たすまで、同社の編集デザインの仕事に携わってきた。
「様々な経験が、今の仕事にすべて役立っていると感じています」と聡さんは語る。

現在は、イラストレーターかつデザイナーとしての仕事を中心に活動している聡さん。イラスト制作をはじめ、冊子やパンフレットのデザイン、切り絵の制作、教育ツールの企画開発からイベントの企画立案まで、幅広い仕事の中心にあるテーマは「動物のいのちと子どもの教育」だ。



国が推し進める「命を大切にする教育」。その一環として、動物愛護センターをはじめ各自治体が取り組む「動物への思いやりを深め、いのちの大切さを実感させる」教育プログラムの立案から、教材として使う張り子の動物や副読本などの企画制作が聡さんの役割。
「動物保護施設で働いていた経験からも、いちばん力の入る仕事です」と語る。
その他、B型肝炎の集団感染や災害時のペットとの同行避難など、社会的な問題に関する冊子の制作も行っている。

3. ゆるりと時間が流れる、つながりの場づくり

そうした張り子や切り絵など自身のオリジナル作品をはじめ、様々なジャンルの作家たちの作品を展示販売しているのが「古民家ギャラリー&雑貨kotonoha」だ。ワークショップや音楽会など、イベントも定期的に開催している。
「人と出会うと、何かわからないことが起こる場。それがギャラリーなんです」と笑う聡さん。
「みんなが自由に出入りできるよう、ギャラリーと名付けました」
この「人が自由に出入りできる」というコンセプトは、定住コンシェルジュの仕事にも結びつく。

「地域の中で、人が自由に出入りできる場所というのは重要な役割を果たすんだと、すごく思ったんです。『家に来てね』と言ってもなかなか来にくいでしょ。ギャラリーの営業時間はいつでも開いているとなると『じゃあ会って、一度話を聴いてみよう』って、来てくれるきっかけになるんです。『実は私も古民家に興味があって、定年後は移住したいと思っている』とか『どこでこんな家を見つけたんですか』っていう話がぽろっと出てくる。おかげで人と出会う頻度が圧倒的に増えました。お金では測れないものを得られる場所になっています」
持ち寄りの食事会では泊っていく人も多く、知らない人同士でも様々なつながりが生まれていく。
「人間関係をゆっくり築くことって大事だなと思います」

そんなつながりから生まれた活動が、古民家再生による創業支援団体「紡 -TSUMUGI-」。ギャラリーにやって来た工務店の社長との出会いがきっかけだった。

4. 寄り添って、集まって、つながって

家主が持てあましている古民家を活用し、店舗や事務所を持ちたい若者や、ここでチャレンジしたい人たちの夢をかなえる場所づくりをめざす。それが「紡 -TSUMUGI-」の目的だ。古民家再生の技術指導を受け持つのは、ギャラリーkotonohaで出会った太田工務店㈱(多可町中区)の代表取締役 太田亨さん。その他、多可町や古民家を愛する7人のメンバーたちとともに古民家の再生や、再生した古民家でのイベント開催といった活動を続けている。



「先代から受け継いだものが、若い人の夢を実現する器になるのはステキなことだと思うんです。ぼくたちが手伝ったら、ボロボロだったものが使えるようになる。大掃除や壁塗りにみんなで取り組むことで、ひとつの家が壊されずにすむ。そういう意味では、古民家は人が集まるようにできているんです」と聡さんは語る。

「ギャラリーを始めたら町がすごく応援してくれたり、『紡 -TSUMUGI-』のように今まで地元になかったことをやり始めたら『何や、これ?』ってみんながワサワサ見にやって来てくれたり……。地域のフロンティアになれるのはおもしろい」
地元の人も移住者も寄り添い合ったつながりの中で、社会が幸せになる仕組みづくりを仕事にする。それが地域への貢献だと、小椋さん夫妻は信じている。




経営者紹介

1. 動物の「いのち」を通して、未来を変えたい

今の仕事の大きな柱になっているテーマは、「動物のいのちと子どもの教育」です。

僕が生きていくためのベースをつくってくれたのは、27歳の時に出会った動物保護施設でした。阪神淡路大震災で被災したり、捨てられた犬や猫を保護しているイギリス人主宰の施設だったんですが、初めて訪れた時「自分はここで働くべきだ!」と思ったんです。
海外からボランティアがいっぱいやって来る施設だったので、彼らの世話をするうちに外国人と接することへの抵抗がなくなりました。自分は人間嫌いだと思いこんでいたんでいたけど、「本当は人と話すことが好きなんだ」と気が付けた大きな転機になりました。



施設で活動をしていた20年前は、年間約70万頭の犬や猫が行政の施設で殺処分されていました。
「お酒を飲んで主人が犬をいじめるから助けてほしい」「夜逃げをするから犬を引き取ってほしい」「あなたたちが助けてくれないなら、この子を連れて自殺する」
そういう電話がかかってくることも日常茶飯事。捨てられた犬や猫を殺処分する自治体の職員が、市民から非難や苦情を受けていた時代です。ものが言えない動物を虐待したり、反論ができない職員を責めたりする姿は、社会の中で一番弱い部分をいじめる社会の象徴、縮図だと感じていました。

そんな中で、一匹ずつ動物を助ける仕事もいいけれど、未来を変える仕事をしない限りこの問題の解決は無理だと思ったんです。必要なのは子どもの教育だと。10年後、20年後に、いのちを粗末にするような大人にならない子に育てることだって。
子どもが一番共感できるものが動物です。動物は自分が守ってやらなきゃいけないと、子どもたちはわかっています。この視点が生まれると、将来、障がい者の福祉や高齢者の福祉にも目を向けられるようになると思っています。自分が与えるものに対してどういうものが返ってくるのか、人間の責任ということを学ぶための入り口として、動物と関わることはいちばん良いのではないかなと思います。

2. 人生の転機になった、脱線事故との遭遇

もう一つ、僕の人生に大きな影響を与えたのは、JR福知山線の脱線事故でした。当時は会社勤めで、通勤途中に事故に遭ったんです。最も被害者が多かった車両で一命をとりとめ、完治するまでに3年ほどかかりました。



生き残った人たちが「せっかく生かされた命だから、こう生きよう」と思うか、「事故に遭わなければ、自分はこんなことにならなかったのに」と後ろ向きに生きるかで、その後の生きていく先が違ってきます。
事故調査や遺族との取り組みにも関わり、人を動かすためには、同じ時間を共有することが大切なんだと学びました。その人がどう思っているだろうと思いを巡らせながら、一緒に時間を過ごす。人の気持ちに寄り添うと、また違う人間関係が生まれ、ある程度の壁は越えられると思っています。

そしてもうひとつ、人に話すことで「自分はこう思っていたんだ。間違ってなかったんだ」と、自分という人格を肯定できることにも気づきました。自分の夢や想いを誰かに話すことで「そうだ、自分はこれをしたかった、だから間違ってなかったんだ」と、安心して仕事ができます。自分で自分に勇気を与えるのは大切なことです。ビジネスは必ず成功するとは限らないし、不安のない人はいませんから。

この事故で心労から妻が入院し、一人にしておけず会社を辞めて独立。せっかく助かった命だから一番やりたいことをやろうと思い、「動物のいのちと子どもの教育」をテーマにした仕事を始めることにしたんです。社会を変えていくという視点が非常におもしろく、やりがいがあるライフワークになっています。

3. 古民家再生とは、まちの「いのち」を守ること

実は多可町に来たのも、独立当時に住んでいた家の家賃から逃れたかったから(笑)。
古民家を選んだのも、自分で好きなように直したかったからです。

この古民家の玄関には「遺族の家」というプレートが貼ってありますが、あえて取らずにおいてあるんです。戦前から約100年、当時の歴史を知っている建物です。人間が知らないものを知っている、その象徴がこうした家だと思うんです。モノとして壊してしまうのは簡単だけど、この地域でこういうことが確実に起こったって知っている、唯一の存在は家です。この家しか知らない記憶があって、家をつぶすということは、当時のものが何もかもなくなってしまうということです。

例えば、播州織。のこぎり屋根の下には、屋根からぶら下がった糸埃や柱のシミなどと共に当時の人の苦労が残っている。それもろとも消えてしまうんです。おじいちゃん、おばあちゃんがいなくなったら、孫の世代にはこの地域が播州織で栄えていた事実をリアルに伝えるものが何もなくなってしまいます。それはとてもさびしいことですよ。だからつぶしちゃだめなんです。
のこぎり屋根の工場に行くと、昔のプレートがそのまま残っている。建物がずっと生きていることの象徴です。当時働いていた女工さんたちが、自分の若い頃の記憶を呼び起こすきっかけになったりするんです。



多可町は、人が生きている姿として、あちこちにそうしたものがいっぱい残っている地域です。人が住んでいる状態のまま残していくことが、この地域が将来生きていく武器であり、方法だと思うんです。だから住まないとだめ。観光施設として残すだけじゃだめなんです。
人の生きた証が家です。この間まで使っていた “おくどさん(かまど)”が、すなわち人が生きていた証がそのまま残っている。古民家は、地域の「いのち」なんです。  

人は死んじゃいます。人生は一回しかないことをリアルに感じます。自分がこうありたいと実感できる時期はそう長くありませんから、その間にチャレンジできること――生きていくための勇気をもらえる取り組みや、人がしあわせになる仕事――をしたいと思っています。




新たなしごと・取り組み

1. 多可町を「夢がかなうまち」に!

この地域にとって、役立つことにチャレンジしたいと語る聡さん。
その一つが、地元に貢献できる法人を立ち上げ「仕事がない」と言われ続ける多可町で、一人でもいいから雇用を生み出すこと。
「仕事がなければ自分でつくることもできるという、モデルになりたいと思っています」と話す。



そしてもう一つは、この地域にやってくる移住者の創業サポートを行うこと。魅力的な店舗や施設が増えることで「夢がかなうまち」というイメージを、持ってもらえるまちづくりに貢献したいという。

2. 古民家を「器」に、ステイを中心としたまちの魅力発信

「古民家を地域の財産として活かすことで、目標を形にしたい。古民家だったり、のこぎり屋根だったり、文化とともに残っているのが建物だと思うんです。新しいものを建てて観光名所をつくるより、古くからある建物を大事にしたほうが、記憶とともに地域の魅力を伝える役割を担ってくれますから」

多可町のいいところは「人が押し寄せるような観光名所を持たず、まちの穏やかな雰囲気を守っているところ」と言う聡さん。



「こういう地域に価値を見出してくれるのは海外の人。日本の一番いいところを知ってもらうためには、多可町の中で一週間、一カ月ステイしてほしい。富士山や金閣寺などの観光もよいけど、それだけでは日本文化の本当の良さは伝わらない。その器となるのが古民家だと思うんです。海外のいろいろな地域からお客さんが来て、日本のいいところ、いい文化を知って帰っていただく。それが仕事にならないかと思っています」

3. 中学生に伝えたい「起業っておもしろい!」

もうひとつは中学校で、法人をつくるという考えを持った子どもを育てる授業を行うことだ。
「仕事や会社がないから都心に行こうじゃなく、この地域の中で自分が会社や団体などの法人をつくったら、やっていけるんじゃないかと思う子どもを育てることは、定住につながります。いろんなことを多角的に見ながら移住・定住を進めていかないと、来た人に空き家を紹介するだけでは、この町の人口減少は止められません」

「元気に動いているグループが、数多くある地域は強い」と話す聡さん。
「お金がないなら、自分たちで自己資金を生もうというグループが、いっぱい出てきてつながって、一緒にやっていこうという地域が生き残っていくと思うんです。『夢を実現するための一つの方法が起業』『自分で仕事をつくるのはおもしろい』と思えるようになるには、まちの雰囲気もそうであることが大切です。多可町に来たら起業できる子どもがいっぱいいるって、おもしろいでしょう?」

23歳で結婚していたのに、27歳まで作曲家になる夢を追いかけて定職がなかった。起業後、妻の介護のため、準備もせずに会社を辞めた結果、全財産が5,000円になったという時代もあった。
「例えば、世の中の経営者たちは、リスクを背負いながら人を雇っています。自分も誰かを雇用すれば、そんな経営者たちの気持ちがちょっとわかるようになるんじゃないかな…。どんな経験もむだではありません。チャレンジして違う人生を歩み始めたら、すごくいい経験だったと思えるようになるんです」

「親以外に、お金を無条件にくれる人っていないでしょう? でも、それをわざわざ自分を選んでくれて、お金を払って仕事を依頼してくれる。期待し、評価をしてくれる対価なんです。それが起業です。だから仕事はおもしろい。人生はおもしろいんです」






ライター:内橋 麻衣子