cambio

サービス業

しごと紹介

1. にぎやかさを取り戻した西脇工業の学校食堂

4時間目の授業が終わる12時半を過ぎると、生徒たちが食堂に次々と集まってくる。思い思いに食券を購入して料理を受け取り、にぎやかな昼食が始まった――。



ここは駅伝の強豪校として知られる県立西脇工業高等学校の学校食堂。業者の撤退で1年ほど閉まっていた食堂を引き継いで運営を再開したのは、障害者の就労支援に取り組む特定非営利活動法人「cambio(カンビオ)」。障害を持つ人が厨房に立ち、から揚げ丼やカレーライスなどの調理をテキパキとこなしていく。

カンビオの設立は2011年3月。就労継続支援A型事業所※として事業を開始し、2014年5月には旧加美区給食センター跡地を利用して就労継続支援B型事業所※も立ち上げた。

理事長の後藤高広氏がカンビオを設立したのは、自身が社長を務める「株式会社エスジーユー」で障害者雇用を進めてきたことがきっかけだという。

「エスジーユーは電気製品の加工・組み立てや金属加工などを行う製造工場で、10年ほど前から障害者の方々にも働いてもらうようになりました。障害を持つ人の就労場所が見つからないという地域の声を受けて、当社が受け入れ先のひとつになればと思ったんです」

いざ受け入れて働いてもらうと、注意深く確認して作業を進めるなど、現場で力を発揮する障害者の働く姿に目を見張った。

「それ以降、エスジーユーでは障害者雇用が自然と増えていきました。すると当社の取り組みを知った兵庫県の福祉課から連絡があり、『北播磨にはA型事業所がひとつもないので、ぜひ立ち上げてほしい』と相談されたんです」

※ 就労継続支援A型事業所:障害者は雇用契約を結び給料を受給しながら利用し、一般就労を目指す/就労継続支援B型事業所:障害者は通所して授産的な活動を行い工賃をもらいながら利用し、A型事業所での就労や一般就労を目指す

2. 一人ひとりの可能性を見て、一般企業での雇用に道筋を

きらりと光る能力を持つ人たちなのに、受け入れる施設がない――北播磨で事業を行う後藤氏は「この地域に住むひとりとして恥ずかしい」と感じて一念発起、「うちがやろう」と立ち上がった。



「でも私は福祉に関してはまったくの素人。そこで通信教育で福祉を2年学んだのち、カンビオを立ち上げるとともにA型事業所をつくりました」

まずエスジーユーで働く人に希望を募り、10名がA型事業所に移動。A型の仕事内容は基本的にエスジーユーと同じだが、障害を持つ人が働きやすい環境づくりや心のケアに細心の注意を払っている。

「とくに精神障害を持つ方は不安感情が強く、気持ちの浮き沈みもあります。そのため、不安を感じにくいよう作業工程や機械の安全装置に工夫を凝らしたり、心の状態を把握するためにコミュニケーションを日々取ったりしながら、時々の状況に応じて適切に対処できるよう心がけています」

さらに事業所の運営体制にも特徴がある。A型事業所を立ち上げる際、福祉業界経験者ではなく、一般の企業で働いていた人を採用したのだ。

「福祉の仕事に携わっていた人は知識があるだけに、病名を基準に仕事の範囲を限定する傾向があるように感じます。しかし私は病名ではなく個を見て育てたい。一人ひとりとしっかり向き合いながら可能性を広げ、一般企業での雇用に道筋をつけてあげたいんです」

3. B型事業所の事業対象に〝シカ〟を選んだ理由

そんなカンビオでは2015年、シカ肉のドッグフードを製造・販売する事業を始めた。

「A型事業所を運営するなか、障害を持つ人の心の状態には周期があると分かりました。状態が悪化すると、場合によっては『自分は解雇されてしまうのでは』と強い不安にかられてしまうこともある。そうした心の状態でも安心して働ける受け皿として、新たにB型事業所を立ち上げました」

そのB型の事業対象に選んだのは、農作物や交通事故などの被害が深刻化していた〝シカ〟だった。

「当時、町内で駆除するシカは年間300~600頭にのぼり、焼却処分に1頭2万7000円かかっていました。このシカ肉を使って事業をすれば地域課題の解決につながり、さらに雇用も生み出せると考えたんです」

ではシカ肉を使って何をするか――それがドッグフードへの活用だ。

「妻がうちの愛犬に外国産のドッグフードを与えていたのでその理由を聞いたところ、『国産で安心できる商品がない』と言うんです。ペットも家族の一員ですから、妻と同じように思っている人がたくさんいるのではないか。ならばシカ肉を使い、素材と品質にこだわった国産最高級のドッグフードをつくれば受け入れられるのではと考えたんです」

高タンパク・低脂肪で鉄分も多いシカ肉は、オオカミが祖先のイヌ科の動物にとって最良の栄養源といわれている。その国産のシカ肉を主原料にドッグフードを開発するべく、動物栄養学に詳しい京都大学農学部の松井徹教授に飛び込みで連絡し、アドバイスをもらうなどしてレシピを完成させた。

「何より大切にしたのは安全・安心です。国産の材料を使い、添加物も一切使用せず、製造元や原材料も明記する。大切なワンちゃんに安心して食べさせられるドッグフードの開発に徹底的にこだわりました」



こうして商品化に成功したシカ肉ドッグフードは後藤氏の見立ての通り、大きな注目を集めることになった。商品名は「多可」と「シカ」に確かな品質も組み合わせた「TASHIKA(タシカ)」。いまやネットショップに掲載すると即完売する人気だ。

4. 障害者雇用の受け皿となり、目標工賃の3倍を支給

製造拠点となるB型事業所では、障害者20名のうち5名と、猟友会の方を含む6名体制でシカの解体から加工まで一貫して行う。

「シカ肉活用の一番の目的は、障害者雇用の受け皿をつくること。すでに4名の雇用を生み出し、目標工賃もB型の平均の3倍をお支払いできています。そのうえ地域課題を解決するどころか、反対にシカ肉がまったく足りない状態。スタッフからはシカ肉を調達してこいと発破をかけられて困っています(笑)」

そう笑顔を見せる後藤氏は、B型事業所の信念は「自分たちの仕事に誇りを持ってもらうこと」と表情を引き締める。

「さらにB型の次を目指せる利用者にはどんどん先を見据えてもらい、A型事業所、さらには一般企業への就職につなげてほしいと期待しています」




経営者紹介

1. 父と会社を立ち上げて、夜中まで働いた高校時代

「会社、手伝ってくれ」――。

私が高校2年生の時に父が会社を立ち上げることになり、そう頼まれたのが企業家人生の始まりですね。以降、高校時代は学校が終わってから工場に入り、夜中まで父の仕事を手伝っていました。

正直、学校なんか行くより、もっと働いていたかったんです。そもそも中学や高校に行く意味もイマイチわからへんかったくらいですから(笑)。

それでも高校卒業後は多可町を出て、尼崎にある電気関係の専門学校に行かせてもらいました。仕事で電気製品を扱うこともあり、勉強しておいたほうがいいだろうということで。いま思えば、外の世界を見せてあげたいという両親の配慮だったのかもしれません。



専門学校は2年で卒業し、多可町に戻ってきて正式に家業に入社しました。それから父と働いたのは、5年ほどだったでしょうか。父は病気を患い、働けなくなったんです。その後は実質的に私が代表のようなかたちで、会社を切り盛りするようになりました。

父は5年前に他界し、私が社長を引き継ぎました。その父がつくったのが株式会社エスジーユー、つまりカンビオの展開に発展していくもとになった会社です。

2. 父の言葉を胸に、新たな事業にチャレンジしていきたい

後藤家は代々、地場産業の播州織に携わってきました。ところが父が働いていた親戚の工場が倒産してしまったんです。父は親族から「継いでほしい」と頼まれたそうですが、その依頼を断って一念発起し、独立の道を歩みました。

播州織の仕事から離れ、未経験の分野で独り立ちするのは大きなチャレンジだったはずです。それでも父は自分の道を貫き通し、エスジーユーという会社を残してくれました。

そんな父の背中を追いながら、私自身も製造業とは畑違いの福祉事業所を立ち上げて、シカ肉のドッグフードを手がけるとともに、学校食堂の運営を引き受けました。



「一回きりの人生、やることやらんと悔いが残る。他人のふんどしで生きるのは嫌や」

これは父が言っていた言葉です。いまでもふとした瞬間に思い出し、私を励ましたり勇気づけたりしてくれます。この父の言葉を心の支えに、今後も新たな事業に積極的に挑戦していく考えです。




新たなしごと・取り組み

1. 子どもたちに温かいご飯を提供するために

製造工場での受け入れに始まり、福祉事業所の立ち上げ、そして鹿肉ドッグフードの製造・販売――これらの事業の背景にあるのは、障害者に働く場を提供したいという後藤氏の思いだ。

その思いが次に実現させたのが西脇工業高校の食堂再開。



「うちの子が西脇工業にお世話になっていることもあり、食堂が閉鎖されたことを知ったんです。自分の経験と照らし合わせても食堂のない高校ってイメージできないですし、何より毎日お弁当をつくる親御さんは大変でしょう。そこで親御さんの負担を軽減し、子どもたちに温かいご飯を食べさせてあげるためにも食堂を再開できないか、学校に提案したのがきっかけです」

そう後藤氏は振り返るものの、当初は自身が食堂の運営を担うつもりではなかったという。

「PTAの役員をしていたこともあって、純粋に親や子どもたちを思っての提案でした。でも受け入れ業者がなかなか見つからず、最終的にもう自分がやるしかないなと。そこでカンビオの新たなB型事業所として運営を引き継ぐことに決めたんです」

2. 食堂勤務で自信がつき、一般企業への就職を実現した利用者も

とはいえ後藤氏は飲食業の経験はなく、まして障害者が食堂の調理を担当するのは兵庫県の県立高校では初めてのケース。それでもチャレンジしたのは、親や子に対する思いとともに、障害者の働く場づくりと自立支援の一環になればとの思いからだ。

「まずカンビオのB型事業所で働く利用者に食堂勤務の希望を募り、常時3名体制で食堂を切り盛りできるようにしました。利用者の親御さんが『将来の自立のために……』と食堂で働くことを希望されたケースもありますね」

2017年4月に運営を引き継ぐことが決まり、営業開始は2ヶ月後の6月。慌ただしいなか急ピッチで準備を進めていくことになった。
「食堂で勤務する利用者のほとんどは、炊事の経験もない状態からのスタートでした。そのため、ご飯の炊き方やうどんの茹で方などの練習を行い、基本的な調理をマスターしていきました」と後藤氏。



加えて忙しいタイミングでも平常心で作業できるための環境づくりにも配慮する。

「心身に障害のある方は一気に仕事が増えたり、イレギュラーな対応を迫られたりすると混乱してしまいかねません。そこで担当を決めて調理を分担するとともに、タイマーの使い方を工夫するなどして、できる限りスムーズに作業できるよう心がけています」

こうして準備を重ねた末、何とか6月のオープンに間に合わせることができた。食堂を再開したいま、高校生たちはとても喜んでくれているという。

「食べ盛りの年頃なのでから揚げ丼はとくに人気ですね。たまにご飯やうどんの量が多かったり少なかったりしますが(笑)、それも愛嬌というか、子どもたちには高校時代のちょっとしたハプニングとして思い出に刻んでもらえれば嬉しいです」



さらに食堂は学校からはもちろん、保護者からも歓迎されているという。

「たとえば文化祭の開催期間中に食堂に来られた親御さんから、『週に一度食堂を利用しています。おかげで一日楽をさせてもらって助かっています』と感謝していただいたり。思い切って運営を引き継いで良かったです」

一方でB型事業としての成果も出ている。「次を目指せる利用者にはどんどん先を見据えてほしい」――そんな後藤氏の思いに応える人が出てきたのだ。

「その利用者は以前、飲食店で働いた経験があったのですが、一般企業に勤めることに対する不安を抱いていたんです。でも食堂で働く中で自信を持てるようになったのでしょう、一般企業での就職を実現してくれました」



障害者の仕事ぶりを知らないがゆえ、雇用に二の足を踏む企業は少なくない。「だからこそ障害を持つ方々の働く姿を見ていただき、活躍できる人材として一般企業が積極的に受け入れる機運を高めていきたい。それが私の今後の目標のひとつです」




ライター:高橋 武男