しごと紹介
1. 播州織の生産に欠かせない「サイジング」
まるで電車の車輪のような形状の「ビーム」に、美しい柄模様の経糸(たていと)が巻かれている。
そのビームをマシンにセットし、経糸を機械の内部に引き込みながら糊付け、脱水、乾燥を行い、マシンの出口に置かれたもう一本のビームに巻き取っていく。
これは織機(しょっき)で織る前の経糸に糊付けする作業で、「サイジング」と呼ぶ。地場産業「播州織」の大切な生産工程の一つだ。
なぜ織る前の糸にわざわざ糊付けを行うのか。
原糸はたくさんの細い糸(フィラメント)が集まって1本の糸になっている。その原糸のまま織機に通すと糸同士が絡まって切れやすくなるため、フィラメントを糊付けしてスムーズに織れるようにするのが目的だ。
このサイジング工程を見学させていただいたのは、多可町加美区に拠点を置く加美町機業協同組合。多可町と西脇市に10社あるサイジング工場の1社で、昭和42年に織布業者が中心となって設立された。
「播州織の生産は分業体制で成り立っています。私たちが手がけるサイジングも播州織の生産になくてはならない工程の一つ。ぜひ一般の方にも知ってもらいたい」と同組合の橋本憲人工場長は思いを口にする。
2. 使命は機織りの効率を高めること
播州織は、江戸時代中期に比延庄村(多可郡にあった村:現、西脇市南東部)の宮大工が京都西陣から織物技術を持ち帰ったのが起源とされる。
糸を先に染めて柄を織る手法(先染織物)を用いるのが播州織の特徴で、200年以上にわたり、西脇市・多可町を中心とした北播磨地域で連綿と受け継がれてきた。
生産量のピークは昭和62年。以来、安価な海外製品に押されて減産が続いてきたが、産地で一貫生産できる強みが見直され、近年は高品質ブランド生地として国内外のファッション業界から注目を集めている。
播州織の生産工程は大別すると「染色」「サイジング」「製織(せいしょく)」「加工」の4つ(各工程はさらにいくつかの工程に分かれている)。
「染色」とは文字どおり糸を染める作業、「サイジング」とは前述したように糸に糊付けする作業、「製織」とは機械で織物を織り上げる(=機[はた]織り)作業、「加工」とは織り上がった生地を用途に合わせて加工する作業のこと。
加美町機業協同組合はこの4工程のうち、サイジング工程を専門に請け負う事業所として50年近くの歳月を積み重ねてきた。
組合設立時、組合員は110名を数えたが、産業の縮小とともに減少を続けて現在は8名のみ。
「確かにこの50年で組合の規模は小さくなりましたが、組合員に毎年1割の配当を継続することを理念に事業を続けてきました。今後も継続と発展を目指していきますよ」
そう力強く語る橋本工場長は同組合に入組して今年(2015年)で33年目。現場で20年、営業で10年、掛け持ちで3年、仕事一筋を貫いてきただけに同組合とサイジングへの思い入れは人一倍強い。
「私たちの使命は、機屋(はたや:機織りをする工場)の効率アップに貢献すること。良い糊付けができると機織りがスムーズになり、質の高い生地が仕上がります。結果として、播州織の伝承と発展につながると自負しています」
3. トイレに行く暇もなし?
サイジング工場の現場では、マシンからいっときも目が離せない。
「糊付けすると言っても糸の種類や太さ、本数に応じて糊の濃度や油剤が変わります。一応の基準はありますが、糸の銘柄によって濃度が微妙に変わるため、職人の勘を頼りにした手触りで見極めないといけません」と橋本工場長は説明する。
仮に濃度が薄いと糸が切れやすくなり、切れるとマシンを即座に止めて糸を結ばなければならない。
「ただし糸は糊液に浸かったままなので、機械を止められるのは15秒から30秒のみ。その僅かの間に問題を解決しないといけないので現場は大変ですよ」
さらにゴミが絡まるのも大きなリスクで、数十本や数百本単位でバッサリと切れてしまう可能性もある。
そうなると作業のやり直しを余儀なくされ、経営的にダメージを受けるうえに、機屋の作業効率も著しく下げてしまうことになる。
「だからうちでは3人グループで機械に数時間張りつき、見落としがないよう目を光らせています。15秒や30秒ではトイレにも行けませんから、3人でうまく融通しないといけません」
4. 生き残りをかけた大改革
「私は若手のスタッフたちが好きで仕方がないんです。一緒に仕事をしていると、ほんま楽しくて楽しくて」
笑み崩れながらそう話す橋本工場長は52歳。8年後には定年を迎える年になるが、「若いやつらに知らん顔して身を引くことだけはできない」と表情を引き締める。
繊維産業が縮小するなか、この先サイジング事業だけで生き残るのはますます難しくなる。事業を継続するためには、環境変化に対応する柔軟性も求められるだろう。しかし組合組織のままでは繊維関係の事業しか携わることができない。
そこで組合員と協議を重ね、2016年4月を目途に株式会社に改組することに決めた。
「株式会社化にこだわった最大の理由は事業領域の拡大です。改組する際にあらゆる業種を定款に入れ、事業展開の選択肢を大きく広げた上で次代に引き継ぎたい」と力を込める。
具体的な一歩も歩み始める。
株式会社への移行と同時に「畔(あぜ)取り」という工程を事業化する計画で、すでに機械の導入も決まっている。畔取りとは織物の柄に合わせて色糸の順番を変える作業で、サイジング工場で行うのは業界初の試みとなる。
「若手の感性で時代のニーズを捉え、新たな事業に積極的にチャレンジしてほしい。財務的にも健全ないまだからこそ可能な設立以来の大改革」と強調する。
株式会社に改組後は、橋本工場長が社長に就任する。
「いま従業員は24名。彼らを路頭に迷わせることは絶対にできひん」
誰よりもスタッフ思いのボスのもと、設立49年目に第二創業を迎える加美町機業協同組合。経営の柔軟性を高めることで、若い力の一層の活躍が期待されている。
経営者紹介
加美町機業協同組合 工場長 橋本憲人氏
1. 「織りやすかったで。ありがとう」
親が整経(経糸を整える工程)事業を営んでいた関係で、加美町機業協同組合の組合員から「人を募集してるで」と教えてもらったのが入組したきっかけです。
……というのは半分は建前でね。本音を言うと、同級生を見返したかったんです。
学生時代の私は突っ張っていて、勉強も大嫌いでした。
「でもお前ら見とけよ。勉強はせんかったけど、仕事はめちゃめちゃできんねんぞ」――と。
バリバリ働く姿を同級生に見せつけるためには、近所の会社に勤めるのがいちばんですよね。それでここにお世話になってはや30年以上です。
現場で20年。
地道な仕事ですが職人技がものをいう世界です。糸の見極めや濃度の調整といった現場の作業は奥が深く、技術を極めるほどに面白くなってくる仕事です。
そんな現場での喜びは、機屋さんのひと言ですね。
「今回も織りやすかったで。ありがとうな」
ビームを納めた機屋さんからそう声をかけてもらえると心にぐっと響きます。
いまの若い人には敬遠されがちな現場ですが、地場産業の発展に貢献しているという自負を持って取り組める誇り高き仕事です。うちではいますぐの求人はありませんが、真面目であればどんな人でも受け入れて育て上げますよ。
2. 思い出に残る最高の褒め言葉
現場を20年経験したあと、営業を10年やりました。
この業界は人と人とのつながりがすべてです。だから営業担当になってからは西脇、多可の産元商社に毎日通い詰める営業スタイルを貫きました。
「おはようございます。またよろしくお願いします」
仕事がなくても顔を出し、挨拶して帰るんです。用事がなくても、担当者が不在だとわかっていても毎日です。
そうやって日参を続けていると、少しずつ産元さんから信頼してもらえるようになりました。私が営業に出るようになってから、取引のある産元さんの数がかなり増えたと思いますよ。
営業の醍醐味は、これまでお付き合いのなかった産元さんから仕事をいただけるようになったときですね。
なかでも思い出深い経験があります。
ある産元の仕入れ担当者の方が退職され、別の産元に移られました。しばらくすると、その方から電話がかかってきたんです。
「橋本、うちの仕事やってくれへんか」
この言葉を聞いた瞬間ほど嬉しかったことはありません。営業の人間にとって、最高の褒め言葉だからです。
もちろん仕事で人間関係を築くのは簡単ではありませんよ。普段の営業だけでなく、呑みに行ったり休みの日にゴルフに行ったり……家族には迷惑かけ通しの人生です。子どもの運動会に出ずに仕事を優先し、「そんな親おらんで」とたしなめられたときもあります。でもやっぱり仕事が好きなんですわ。
3. 若手の活躍を見てみたい
うちの事務所は幸い、人に本当に恵まれています。
以前入組した女性スタッフが旦那さんに「新しい事務所はいい人ばかり」と話したみたいで、その噂が回り回って私の耳に入りました。「橋本、お前んとこ、ええ人ばかりらしいな」と。スタッフがそう思ってくれているのはありがたいですね。
組織をまとめる上で意識しているのは、上から目線にならないこと。相手の意見をまず聞いて、その上で指示を出すように心がけています。
でも事務スタッフと近くなりすぎてもあかんので難しいところです。私の場合、事務所内では仕事の話しかしません。一定の線引きは必要ですから。
ですが飲み会は無礼講ですよ。女性スタッフに頭をはたかれるときもあるほどですから。何事もバランスが大事です。
株式会社に改組したあとは、当分は私が社長として組織を率いますが、いずれ若手に引き継ぐ時期がやってきます。若手が先頭に立って会社を引っ張っている姿も見てみたいし、違う分野に進出する姿も見てみたい。それがいまの目標ですね。
ちなみに引退したあと、「橋本さん、ちょっと相談があるんですが……」と頼られるのは、会社に問題は起きないほうがええけど、ちょっと嬉しいと思いますわ(笑)。
従業員紹介
山口尚博さん 入社12年目 44歳
前職では電機関係の仕事をしていましたが、繊維業界に興味があって働き口を探していたところ、加美町機業協同組合の求人を知ってお世話になることになりました。
電機と繊維では仕事内容が何から何まで違うので、やっぱり最初は戸惑いましたね。なかでも難しいのは糊の濃度調整です。
たとえば糊が薄いことを「あま糊」と言って、機織りの際に糸が切れやすくなります。反対に糊が濃すぎると糸が機械に引っかかりやすくなり、機織りの効率を著しく下げてしまう。
ですから濃度が薄い場合はタンクに糊を足し、濃い場合は機械の糊槽に水を足して薄めます。そうやって微妙な調整を加え、糸に糊がちょうど良く入ると切れにくく、機屋さんにとって織りやすい糸になるんです。
機屋さんから「今回の巻きはよかったで。うまいこと織れたわ」と喜んでもらうのがこの仕事のやりがいですね。
うちの職場はとても働きやすいんです。ギスギスしていないというか、社内の風通しがいいというか、誰にでも気軽に話しかけられる雰囲気があります。毎年バーベキューをしたり、社員旅行に行ったりと親睦を深めるイベントもありますよ。
職場環境の良さは、橋本工場長の太っ腹な人柄も影響していると思います。
「俺は謝るの専門や。失敗してもええから思い切って仕事しろ」
そうやって工場長は僕らを気遣ってくれるんです。そんなこと言われたら、「この人についていこう!」と思いますよね。
繊維の町で播州織の生産に携わる仕事に就いている――ふだんは目の前の仕事をこなすので精いっぱいですが、良い糊付けをして機屋さんに喜んでもらい、播州織の普及に少しで貢献できればと思っています。